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『建築家はいま、何をデザインしているのか』第2回平田晃久「太田市美術館・図書館」を開催しました。

先週3月24日(土)、門脇耕三さんキュレーションの春レクチャーシリーズ『建築家はいま、何をデザインしているのか』、第2回平田晃久さん「太田市美術館・図書館」を開催しました。門脇さんから最近、建築がSNSなどで一過性の情報として消費されていくことへの違和感があること、今回は1作品を1時間かけてじっくりと解説してもらい、表層のデザインだけではなく、社会システムや生産システム、人々の考え方といった深層まで届く議論をしたいという趣旨説明がありました。

 第1部は平田晃久さんによる「太田市美術館・図書館」の解説、考えたこと、デザインしたことをプレゼンテーションしていただきました。

 生態学の中に「ニッチ」という用語がある。建築でいう「ニッチ」が転じて、ある生き物が生存する小さな環境的なまとまり(時間を含む)のこと。この概念をもう一度建築に戻して、バラバラなものが共存できる仕組みをつくれるのではないか、公共建築にはそういう方向に向かうのではないか。

 「昆布のダイアグラム」魚の卵が昆布に絡まり、昆布は海底の岩に絡まっている。「絡まりしろ」の階層構造が重層することで豊かな世界が生まれている。たまたま出会ったバラバラなものが絡まり合うような「野生的な階層構造」で建築ができ、「野生的な階層構造」が出来事の記録媒体になっていく。それは対話をしながら建築を作っていくことと近いのではないかと感じている。

 太田市は戦前は中島飛行機、戦後は富士重工、スバルがある町で、税収もあり人口も22万人いる。しかし、コンペの頃、駅前を歩いている人がほとんどいなかった。その駅北口のロータリー跡地が敷地。南口はフィリピンパブなど風俗店が並ぶ。駅から人が入ってきてまちに出て行く結び目のような建物を目指した。

 コンペでは建築を作る根幹をみんなが集まっているところで議論しようという提案をした。釜石で災害復興公営住宅が立たなかった。市民の方々に説明するワークショップを経験したが、そのときは最初から対立構造の中で話をしている違和感があった。こんなことをやるくらいなら、最初から市民と一緒に進めたほうがいいという実感があった。建築家が選択肢を用意し、市民、各部門の専門家、ファシリテーター、建築家、行政の集まっているところで重要な決定を行うようにする。

 基本設計5ヶ月の中でワークショップを5回、合間に構造や設備など技術的な検討を進めた。最終的に選ばれたのは5つのRCの箱の周りに鉄骨のスロープが絡まって、それぞれの部分をぐるぐると歩き回れるようになっている案だった。箱とスロープがあることは最初に決まっていたが、その他のことは決めていなかった。駅から入ってすぐにカフェがあり、美術館と図書館へ動線や視線がからまりながら上がっていく。美術館と一体化した図書館として、絵本や美術書などビジュアル系の多い蔵書(7万冊のうち過半数)とすることが話し合いの中で決まっていった。いろんな方向に視線が抜け、ひとつひとつの場所が違う雰囲気になっていて、いろんな人がそれぞれ自分の場所を選べるような居心地のいい「ニッチ」になっている。屋外も立体的な庭園、斜面でできた球面のようになっていて、ぐるぐると回れるようになっている。ワークショップの中でだんだん立体的になっていった。

 このプロジェクトは作る過程が非常に重要だった。コンペ要項が充実していて、ブックディテクションシステム(Book Detection System、BDS)を導入して自由な間仕切りにするなど、かなり具体的に踏み込み、市民との協働も謳われていた。コンペの際に4つの提案をした。どうやって入りやすい場所を作るか、どうやっていろんなバックグラウンドの人たちそれぞれが居心地の良い場所を作れるか、太田だけにあるような場所になること、市民と設計プロセスを共有することだった。4番目の話が最終的には効いてきた。

 デザインプロセス。基本設計5ヶ月間で5回のワークショップを行なった。ワークショップ第2、3、4回では、それぞれ3~4つの案を用意した。かなりスタディが慌ただしく進んだが、ワークショップの前にFACEBOOK上で案や動画を配信するなど、参加者に事前に学習してもらい、反応ももらえるようにしていた。

 ワークショップは2つのパート、前半エキササイズと後半プラクティス。エキササイズは、重要な課題、着眼点などの解説をする勉強会。市民からいろんな意見も出てくるので、多くの情報を集められる機会であった。エクササイズの中では、現地で縄張りをして具体的な大きさを把握してもらえるとか、風の動きのシミュレーションなどもやった。設計事務所の人間が何を考えているか伝わるように工夫した。プラクティスでは実際に案の決定を行う。

 第1回は、美術館を1階に配置したA案、図書館を1階にしたB案、ミックスしたC案の3つの長短をそれぞれ説明し、かなり濃密な議論をして最終的にC案が選ばれた。もし、建築の構成論で行政にC案を提案したら、まずはダメになっていたと思うが、なんのためにこういう場を作るのかという根源的な議論の中で、最もラディカルな案が選ばれ、行政も積極的に支援するというプロセスが生まれた。

 第2回は、箱の個数に関するワークショップ。3、4、5、6個案のどれを選ぶかを議論した。議論の結果5個の案が選ばれた。エキササイズの中で、どこでなにをするという書き込みをそれぞれのプランの中にしてもらったが、その時点から5個の案に対する書き込みが最も多く、多様なニッチが生まれているのではないかと推測できた。かなり建設的でロジカルな話し合いができた。

 最後のワークショップは、箱の配置とスロープの巻きつけ方で、4つの案を示した。最終的に選ばれた案は、入口に置いた箱をスカスカにして視線が抜けるようにしたものであった。そうして選ばれた案を大きな模型にして、基本設計の報告として発表した。その後は、議論をしながらできたというプロセスや行政の協力もあって、ほぼその形のまま完成している。

 その他、構造(アラップ)は、箱をスカスカにする必要があることから3mグリッドのRCの箱に、スロープ部分は3m

ピッチのRC柱に合わせて梁を組んだ鉄骨で、デッキプレートをかけ渡している。7cm厚の鉄板を切り出した無垢の柱で、梁とのジョイントはピン接合の軽快な鉄骨。逆梁にして、天井をデッキプレートのリムの空間に「縁側」的な屋外の雰囲気にした。

 環境(アラップ)は、太田は風の強い場所なので季節ごとの風をシミュレーションし、中間期は建具を開け放しても快適に読書ができるように箱を配置するなどの工夫をしている。

 サイン計画は、平野篤史さん(デザインスタジオAFFORDANCE)。それぞれの場所の特色や雰囲気を作るような多様なサインをデザインしてもらった。開館後のポスターデザインなども引き続き担当して、グラフィックをトータルにやっていただいている。

 ランドスケープ(大野暁彦、sfgランドスケープアーキテクツ)は、屋上の雨水で植物が育つように保水性軽量土壌を使い、屋上の3次元曲面でできる土の厚みの違いに樹種に合わせている。

 太田は工場の町なので、スバルの製品などを作っている工場長の集まり「株式会社エーアイラボオオタ」(代表:押田征之)があり、高い加工技術を使った照明器具やソファ、棚といった家具も協働して作った。

 オープン後は、照明アーティストのイベント、絵本の展覧会、外から見える展示室の大きな壁面をディスプレイのように使ったり、図書館の司書のひとたちによるグラフィックデザイン、本の読み合わせ、市内のさまざまなダンス団体を集めたパフォーマンス、館内にマスキングテープで絵を描くワークショップ、マルシェなどをやっている。この建物ができることによって、いろんな使い方を発見していってくれているように感じている。北口にも2、3新しい店ができたり、ここでの活動が街に波及していくような動きも生まれている。10年15年と時間が経っていく中で建築と街の良い関係が生まれていくことを期待している。

*****

 第二部はディスカッション。太田市美術館を担当した平田事務所のスタッフ、松田さんと高田さんにも参加していただきました。門脇さんから感想。実際に拝見して、すごく難しい建築なのにどこから見ても隙がない。市民と議論をしていく中であの建築が成り立っていることに驚きを感じた。すごくいい。建築が目的ではなく手段で、どんな文化を作っていきたいかということを、市民と専門家と建築家が話し合いながら出来ている事例だとわかり、現代的だと思った。手段としての建築はプロセスが重要で「コト化」するが、そのプロセスが竣工後も続いていく。一方で疑問として、誰もが理解できるように組み立てられていることはポジティブに評価されるべきか、ネット的なのか。専門知が排除されているように見えた。

 長谷川からは、1985年湘南台で公共建築簿仕事が始まった。それまでの公共建築は専門の単独機能だったが、湘南台は子供感や市民ホールなどの複合建築で、町の子供からお年寄りまでもが使う新しい公民館のようなものだったと。市民の声を聞くというと、市長は応援してれるが行政はむしろ反対だった。集まりの場にも行政は出て来なくて、自分でやらないといけない。大御所の建築家から「ポピュラリズムに堕する、建築の権威がなくなる」という厳しい電話まであった。市民に建築を壊されるのが嫌なんですね。

 やってみると市民は最初建築家が大嫌いであった。地下に体育館を埋めて公園みたいな場所で、立派な建築がないという反対もあった。それで一緒に地下建築を見学にいったり、とにかく子供からお年寄りまでワークショップや意見交換をしていった。そのうちに市民と話し合いができるようになり、子供館の展示も市民に請われて担当するようになった。

 太田市は私にとっては怖いところでした。行政の人たちは全く市民の声を聞くなんていう姿勢はなく、公営住宅を設計するために自分たちで太田にたくさん住んでいるブラジル人の人たちの家を見に出かけたりするけれど、そうすると行政が怒る。そういう市民の声を聞くことが全く出来ていない行政だった。今は、市民の声が反映されるような行政になっているんだとわかりました。

 新潟(1995)のときも反対を受けながら、市民との意見交換やスタッフを養成するワークショップを5年間、市民に使われるホールにするために積み上げてきた。そのおかげで、この20年ものすごくよく使われてきて、舞台装置をそっくり入れ替えるような大掛かりなリフォームができるほどお金があります。それでも、市民ワークショップなどは孤軍奮闘で辛い思いをしてやっていて、平田さんのお話のように楽しく上手に市民とワークショップができるような土壌はなかった。2000年ごろから社会が大きく変わってきて、そのシンボルのように思いながら聞いていました。

 平田さんは、太田の経験を経てあらためて長谷川さんの話を聞いて新潟から20年の歴史の厚みを感じた、と。90年代の伊東さんもメディアテークで市民ワークショップもやっているけど、担当者が一生懸命やっている感じで、距離もありました。僕も学生時代はそういう意識はなかった。

 門脇、長谷川さんの頃は形式のない中でやる大変さと自由さがあった。しかし、2000年以降は行政が市民の意見を取り入れたということをエビデンスにするようになった。それが形式的になっているのが現在。平田さんの場合も、そういう形式化の流れの中にあるが、本気で意見を戦わせる根本のところから市民参加をやると、より創造的でラディカルな建築になるという発見があるように思いました。

 平田、90年代と今で変わってきたことに、構造や環境の解析がかなりシミュレーションできるようになってきたこと。今までは明晰なモデルを作ってシミュレーションをする、しかし、今は個々の事実の積み上げで計算ができるようになった。建築の形式を、現実がどんどん超えていく。考える過程に自分が理解できないことがどんどん入り込んでくる。他者性を内包した思考がリアルになってきたので、建築の形式の純粋性を守るような姿勢がダサく見えてくる。それよりも相互作用の中で考え作られていく、作るという出来事そのものが形になっていくエキサイティングさが見えてきている。

 高田、こんなに積極的にワークショップをしたのはじめて。最初、平田がワークショップをやってみようといった時は、怖いなと思った。そんないろんなものがはいってきて、案がまとまるものかと。平田さんはどうでしたか?

 平田、僕は全く不安はなかった。専門知が新しい知性の形を開くことが一番大事だと思うから。専門知と一般の間の乖離を前提としている限りは、建築の捉え方も批評も古い殻の中に止まってしまう。一番根幹の決定に関わるように進めないと意味がないと思った。

 長谷川、建築論的なことではなくてできるだけ日常的な会話、生活者としての実感で市民と話すこと。そうすればコミュニケーションは成立する。プログラムは行政が最初作るが、それは市民との会話から生まれてきたものではないから、コンペの後でものすごく議論が必要になる。富山の大島町絵本館や珠洲多目的ホールでは、まずプログラムづくりを頼まれた。そういうプロセスでつくられた建築は、市民の意見がいっぱい入っているから、建築がすごくよく使われる。プログラムづくりから建築家が入るということはとても有効だと思う。

 門脇、太田の場合、プロポーザルなんだけど、市民との対話を介してよりラジカルになっている。伊東さんの仙台のさらに先にある建築ではないかと思う。

 門脇研山本、22万人の太田市民の中で、ワークショップに来る人は限られている、どの時点で市民の意見を取り込んだと言えるのか?建築家と強い市民だけで意思決定をしているのではないかと思った。

 平田、もちろん、22万人に対して50人集まっても非常に少ない。しかし、それでも建築家と行政だけで進めるよりはずっと精度があがる。車の工場で働いている人やお店をやっている人などいろんな立場の人が参加するので、モデルにできると思う。これからネットを使ってより多くの人たちの意見を集めたりできるようになるだろうと思うが、その時に引き継いでいってもらえるモデルのようなものを作ったつもりだ。

 もうひとつは、場として思考するということ。その時、そのメンバーでなければ生まれないような思考がある。自動生成でできるのではなく、それがより良い建築につながるためには、建築家の専門知も必要。そこに意味があるのではないか。

 長谷川、市民参加は地域の歴史や生活を知りたいので、普通の人たちに会いたい。でも、なんとか団体の代表者や文化団体の代表という立場の人たちが集まってくる。町の中の代表者とワークショップをやっているというのが実態。そういう代表者と普通の市民の意見は案外違うものなんですよ。ところで、平田さんは乾さんの回の時にでたシンボリズムについてはどう思います?

 平田、僕はシンボリズムとは言わないけれど、全体性や外観、景観、、、そういう「まとまり」がどう見えてくるかということは重要だと思う。外観が丘に見えるようにRCの箱を白く塗ってしまうとか。それはある種のシンボル性なんだけど、昆布の生えた海底としての生態系の小さなまとまりのような新しいシンボル性ではないか。町の中で、あるまとまりをつくることが大事だと思います。市民にも丘のように見えるという話をしていました。

 門脇、乾さんはむしろラジカルにシンボリズムを排除しているでしょう。

 平田、乾さんの釜石を見ました。ものすごくよくできていて素晴らしいと思うとともに、危険だと思いました。小嶋さんのほうにはそういう危険さは感じなかった。シーラカンスも下手なシンボルは作らないとは言っているんですが、そこで展開してい建築がそのままストンとシンボルになっているような強さがある。乾さんの精密な解き方、クオリティの高いデザインには感銘を受けましたが、でもそれがシンボリズムの消失なのかなっていうと。。?

 門脇、そこはほんとうに乾さんともう少しディスカッションしたいところです。

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