NPO建築とアートの道場 2017年秋レクチャーシリーズ②
『地域資源を編む』
CURATION:金野千恵 PRODUCE:長谷川逸子
gallery IHAの2017年秋レクチャーシリーズ第2弾は、『地域資源を編む』と題して、金野千恵さんがキュレーションをしてくださいました。10月28日(土)から始まります。どうぞ奮ってご参加下さい。
◉全回予約制、参加費800円
(参加費は当日受付にてお支払いください。キャンセル料はいただいておりません。)
*NPO建築とアートの道場会員の方は、参加費無料です。
*CPD認定プログラムになりました。CPD単位取得を希望される方は、予約申し込みフォームにCPDIDをご記入ください。
*CPDIDとは
①建築CPD情報提供制度、APECエンジニア、APECアーキテクト、建築設備士関係団体CPD協議会、JIACPD制度、建築施工管理CPD制度の何れかに参加されている方は12桁のIDを記入する。(左側の「0」は省略可)
②建築士会CPD制度に参加されている方は、11桁のCPD番号。
③上記①、②の番号が不明の方は、建築士登録番号、建築設備士番号もしくは建築施工管理技士技術検定合格証番号。二級・木造建築士の方は、建築士の種別と登録都道府県および建築士番号。
秋レクチャー②『地域資源を編む』第1回を開催しました
November 2, 2017
先週末10月28日に秋レクチャー②『地域資源を編む』第1回中島宏典さん「森林と町並み(都市)の間、過去と未来の間」を開催しました。台風の中お集まりいただいた皆様、ありがとうございました。レクチャーとディスカッション合わせて3時間に及ぶ濃厚な内容になりました。中島宏典さんからは、まず人口減少や経済力の衰退などが問題視されているが、少し時間を長くとって見れば、むしろこの100年が異常だったとも言える。この100年で失ってきたもの捨ててきたものはなんだったか、それをもう一度見直して結びつけていきたい。そのためにはこれまでの産業や社会のあり方を見直して、バラバラになってしまったものの「間」、「〇〇と△△」の「と」をやって行くことが大事だと思うという問題提起がありました。
住民自身が動き出した時に初めていい循環ができて行った先斗町まちづくりを皮切りに、空き家率30%を超えると自治体が倒産するとも言われている空き家が抱える諸問題、その中で伝統的な建築がこの5年間で13%減するという危機的な状況、国家戦略特区の柱の一つに歴史的建造物活用を入れて建築基準法適用除外措置の運用を可能にした経緯、その先で起こった、伝統的建造物を修理できる棟梁や大工の人材不足問題などを一気呵成にご紹介いただきました。
八女に残る200軒近い土蔵造りの街並みを40件以上改修し、53件もの新しいテナントさんを得たこと、改修の過程で技術のある職人さんの仕事場づくりや小学校の総合学習の時間を使った壁塗りや土間叩きワークショップなどを具体的な資金調達法も含めてお話いただきました。そして、市長が取り壊しを決めた「旧八女郡役所」(明治20年代に建設)という700㎡を超える大きな木造建築を、ほぼ民間の力で改修し、2017年春に酒店と絵本店としてオープンした経緯をお話しいただきました。
伝統的建造物と町並みの改修をやって行く中で、八女の職人大工たちの人材、そして八女の木材をうまく活用できていない状況に気づき、街並みを作るということは、山、海、里山の循環を作ることだと。八女には良い森があり、製材する技術もあり、買い付けする場所もある。伝統建築を中心に地域資源の循環を作って行くことに重点を置いた活動をしているとのことでした。その一環として、アトリエわんの里山賃貸住宅の取り組み(8世帯、2LDK)では、木材をたくさん使う板倉工法を使って、移住者を一旦受け入れる魅力的な賃貸住宅を作る試みを最後にご紹介いただきました。
ディスカッションでは、能作淳平さんから街のことや建築のことをなんでも行政に任せて来た反省やまちづくりをして行くときのアドホクラー的組織づくり、富永大毅さんから日本の林業が外材に押されて来た反省、木材流通の問題、連勇太郎さんから中島宏典さんがやっていることやノウハウを教育の中に入れていく必要性、川島範久さんから片付けや掃除が住民や所有者の意識を変えた話、最後に現役の学生さんから、国内留学制度、インターンシップがもっと今の教育に入っていたらいいのに、と伝統建築の保存まちづくりから始まって広い範囲のディスカッションになりました。
11月11日、秋レクチャー2『地域資源を編む』第2回連勇太郎さんのレクチャー「建築デザインの共有資源化」を開催しました。
November 17, 2017
連さんのレクチャーは、シェアできる著作権「クリエイティブ・コモンズ」の提案者レッシグの言葉をひき、今何をリソースとして我々のコモンズを形成していくかが課題だというところから始まりました。30年で建築物が新陳代謝していき、いつも新しい建物で満たされている「東京」は山手線の内側にしかないこと、その周りを環状に取りまくモクチンベルトでは、23区内で20万戸という膨大な木造賃貸アパート、すなわちモクチンが借り手もなく放置されたり、手入れもされないまま社会的弱者のさいごの住まいになったりしながらだんだんに「腐っていっている」。この機能不全に陥っている膨大なモクチンをリソースとして、新しいコモンズを構築していくのが、モクチン企画のミッションなんだということでした。
モクチン企画では、現場のヒアリングや改修の実践を通して精選されてきた「レシピ」が44種類できているそうです。これは、モクチンが在来工法で作られており寸法体系やそこに使われている材料、技術に共通性があるために可能だということでした。特殊な作られ方をしているプレハブメーカーの住宅や軽量鉄骨のアパート(テッチン)、コンクリートのマンションでは「レシピ化」が難しいということでした。モクチン企画のもう一つの大きな活動が「パートナーズ」。地元密着型の不動産管理会社に向けた月額1000円の会員システムで、会員はモクチン企画のウェブサイトからさまざまな事例とレシピがダウンロードできる仕組み。町の不動産屋さんはオーナーの状況や改修工事をする工務店を熟知しており、実際に改修について主導権を持っている場合も多いそうです。その不動産屋さんたちにレシピを提供し、街のいろんな主体のデザインリテラシーが上がっていくと、総体として街そのものを魅力的にしているけるのではないかと。
7月に出版されたばかりのご著書『モクチンメソッド』はその集大成だそうです。レシピの最大の要件は「使ってもらえること」。借り手の希望、不動産屋の営業、オーナーの予算(改修は家賃1、2年分がひとつの目安)、工務店の技術など、地域の主体が「使える、使いたくなる」ものでなければならない。レシピは親しみやすく覚えやすいように「広がり建具」「チーム銀色」「くりぬき土間」「ホワイト大壁」「のっぺりフロア」「押入れ居室仕上げ」などユニークなネーミングがされています。これらのレシピはインテリアを居心地よくするものから、設備や耐震性能に関する技術的なもの、街との関係を作るエクステリアと広汎に渡ります。レクチャーではレシピを使った改修事例をご紹介いただきました。
今後の展開として、空きアパートを介護のできる互助ハウスにしていく計画があるそうです。圧倒的に余っている老朽アパートと圧倒的に不足している地域の中で共に生きる介護の空間をマッチングさせようというプロジェクトで、すでにエクステリアを街に開いていくレシピ「縁側デッキ」や「ポツ窓ルーバー」など、70−80万円くらいでできるレシピを提案中で、住まいのサポートと生活のサポートをセットを、福祉系の団体とスクラムを組んでつくっていきたいということでした。そのほかにも地域の中にある特性を生かしてNPOなど、社会的事業者のオフィスを木賃アパート改修で計画しているそうです。
こうしたモクチン企画の理論的な背景は、クリストファー・アレグザンダーの”A Pattern Language which Generates Multi-service Centers”(1968)だそうです。日本で広く知られている「パターン・ランゲージ」の一歩手前の段階で、特定のタイポロジーの建築物に対するパタンを提供するもので、これがWIKIなど現在の情報技術の分野で影響力を持っているのだそうです。この60年だいいパターンランゲージをどう現代の技術でアップデートできるかが、モクチン企画のチャレンジだということでした。
ディスカッションには、ゲストコメンテーターの青木弘司さん、能作文徳さん、川島範久さん、一ノ瀬彩さん、富永大毅さんたちにもお集まりいただき、キュレーターの金野さんの問題提起から、モクチン企画のチーム作り、モクチンアパートに関わっていったきっかけ、慶応SFCのカリキュラムの特色(連さんはソーシャルマーケティングと建築を重点的に学ばれたとか)、作家的な手法との違い、レシピ化できるものできないもの、モクチン企画と建築家で共有している部分と違う部分、かつて木賃アパートが「自由な都市生活を享受する希望の空間」であったこと、福祉分野との親和性と制度的な難しさ、防災という問題に対するキメの細かい対策の可能性、作家性の捉え方、と広汎な議論になり、全体で3時間を超える長丁場になりました。モクチン企画はミッションベースの集団であり、新しくオルタナティブを提案するのではなく既存のモクチンとその仕組みのチューニングをしているので、会場から質問が出たように、もしモクチンレシピが地域の主体に身体化されていけば、ミッションコンプリートで解散、それが理想なんですという連さんの最後の言葉が印象的でした。(写真提供t e c o)
秋レクチャーシリーズ②『地域資源を編む』第3回飯田大輔「越境する福祉」レポート
December 9, 2017
すっかり遅くなってしまいました。11月25日に開催した『地域資源を読む』第3回飯田大輔さん「越境する福祉」のレポートです。 社会福祉法人福祉楽団の理事長であり、株式会社恋する豚研究所の代表取締役でもある飯田大輔さんのお話は、母が設立準備をしていた社会福祉法人を、学生時代に経験なし知識なしのゼロから引き継いだ苦労話(シビアなお話ですが)を、面白おかしくご紹介いただくことから始まりました。レクチャーの間、会場に笑いがしばしば起きたのは、飯田さんのサービス精神のおかげでしょうか。
「ケアを考え、くらしを良くし、福祉を変える」という理念の説明では、思考過程を大事にしたケア、施設でも地域で暮らしていても、その暮らしを今日よりは明日とちょっとずつよくすることを大事にしていると。そうした現場の実践を通じて、福祉の制度を変えていきたいということでした。
福祉楽団の事業の一つの部門である「恋する豚研究所」は、発酵飼料作りから、子豚を採り育て出荷する一貫経営をしている(養豚所としては極めて珍しいとか)。また、水飴や大豆タンパクを混ぜない、混ぜ物なしのハム作りをしていると。そうした背景には、極めて細分化され産業化された日本養豚業の実態があり、混ぜ物の多い加工肉が多く出回っている販売の実態がある事、そのお話は衝撃的でした。偏った情報が多く、何が本物かわからない時代のなかで、消費者と生産者の間の情報の非対称性を是正する必要があるという事でした。
成田に近い香取市にある「恋豚」(アトリエワン設計)は、福祉楽団のオフィスでもあり、1階はハム工場、2階が食堂。ハム工場は、就労継続支援A型という福祉事業。A型は最低賃金を保障するものですが、今の日本の障害のある方の月給は約1万5000円。そこで、10万円払える事業としてハムを作ることにした。10万円と障害者年金で、毎月16-7万円の収入があれば、自立が見えてくるから。あえて就労機会の少ない知的障害と精神障害を持つ人をメインに雇用している。2階は46席の食堂。しゃぶしゃぶが1280円が人気メニューで、年間客数約9万人。「恋豚」には、どこにも就労支援とは書かず、皆さんが障害者施設と知らないで、美味しいから楽しいからと来ている。そういう感じを大事にしているということでした。
建築はもちろん、パッケージデザインも大事にしている。ケアは科学が半分、クリエイティビティが半分だ(思考過程だから)という考え方で、それはクリエイティブな空間で行われるべき。デザインが重要性なのは、意味が変換されること、自分たちで気が付いていない価値が掘り起こされる、潜在的な価値をデザインによって引き出していくことにあると。パッケージデザイン一つを取っても自分たちで該当ヒアリングをしながら決めていったそうです。
「多古新町ハウス」(ツバメアーキテクツ設計)は小規模ながら多機能な福祉拠点で、児童デイサービス、放課後デイサービス、高齢者と障害者の通所、配食、訪問介護、トイレ、お風呂、宿泊、そして無料の学習支援をする「寺子屋」がある。多機能であるため、近所の農業高校、その野球部、高齢の車椅子利用者、近所の人、障害のある子供、寺子屋の子供、障害のある子供、普通の子供、職員といった多様な人たちが入り混じってここにいるという珍しい光景をビデオで見せていただきました。
「地域ケア吉川」(teco設計)は、URの団地のシャッター商店街を改修した訪問介護の事務所。その半分を誰でも訪れられる場所にし、共同で使えるキッチン兼食堂にしたところ、ご飯を亜食べに来る子供達、お料理をするお母さんたち、食材を差し入れる農家の人たちなどが、多い日だと5-60人くらい集まって来る。それを見た行政が、その隣の空き店舗に子育て支援センターを持って来ることになった。自治会もカフェを開く。シャッター商店街に人が集まるようになった。これが訪問介護の事務所ひとつでできる。全国にある介護のニーズを見れば、その可能性は大きい。
「八潮市特別養護老人ホーム」110床の大規模な特養に作った保育所(ツバメアーキテクツ設計)。職員のための託児所を、企業主導型保育所として新設するとともに、敷地の中を通り抜けられるように、フェンスをとって、正面入口にバスケットボールコートをつけた。職員対地域の子供達のバスケットボール大会を開催したりしている。その子達や周りの人たちも出入りするし、特養の「ご飯の日」には地域の人たち30-50人くらい集まって、入居者や職員と一緒に食事をしているそうです。
「栗源第一薪炭供給所1K」は農業と林業と福祉をセットでやるもの。自伐型林業で薪を作り、薪ボイラーで使う。すると、近隣の温浴施設では1200万円かかっている灯油が、薪400万円で賄える。その800万円で新しい雇用を生み出すこともできる。薪ができるまでの作業を分解して「里山資源化作業分解」という作業マニュアルを作り、障害のある人や年寄り、認知症の人もできる作業を抽出する。できる作業を抽出している。物理的なバリアフリーよりも数段難しい認識のバリアを突破するためには作業マニュアルによる構造化が有効だということでした。
最後に、ケアの科学とクリエイティビティ、ローカルな時代における社会的共通資本、地域でちゃんと循環するコミュニティ経済の仕組みづくり、「施設」「福祉事業」といった概念にとらわれないこと、補助金に頼らない経営、人を大事にする経営、信頼をベースにした軽快な活動という7つのポイントをご提示いただきました。
ディスカッションでは、建築家=遊牧民と、地域に根ざした活動をし、ネットワークを持ち、地域の資源に精通している福祉事業者との連携が持つ可能性、ケアファームの可能性、飯田さんの建築発注者としてのこだわり(清潔さや断熱性能など機能的な要素)など、地域との関係の作り方、都市でも同じように関係を作ることは可能か、地域における新しい公共のあり方、ケアの民主主義、新しいコモンズを築くために乗り越えなければならない歴史、構造化されていることの重要性とされていないことの快適さ、多様性を大事にするデザイン、福祉事業者自身が改善していかなければならない体質、建築家の主体性と職能など、多岐にわたる話題となりました。ゲストコメンテーターの仲俊治さん、ツバメアーキテクツの山道さんと千葉さん、川島範久さん、福祉施設や保育所の建設に携わっている設計者の方、社会福祉法人を経営されている馬場拓也さん、学生さんたちなど多くの方から活発な議論をいただきました。
2017秋レクチャー②『地域資源を編む』最終回、中嶋健造+富永大毅「イラっとする日本の木材資源活用」(12月7日開催)レポート
December 20, 2017
土佐の森救援隊、自伐型林業推進協会の理事である中嶋健造さんは、故郷の高知で農山村再生に取り組む中で「国土の7割を占める大量の森林資源が活用されていないこと」に気づいたことから今の活動を始めたということでした。「土佐の森救援隊」に参加(2003)し、「林業は実は儲かる」ことに気づいた。林業は森林組合の専門家にしかできないと思い込んでいたが、1年ちょっとで自分で全ての作業を行ない原木市場に出荷するところまでできるようになった。そして土日林業家、100haの山で悠々と家族を養っている徳島の林業家らとの出会いがあり、地域を再生するには「自伐型林業」しかないと確信するようになった。
現在の森林組合が推進しているのは、大規模施業の皆伐。大きな高性能林業機械を入れる列状間伐(という名の皆伐)である。生産性が良くても、選木もしないので材の質が低い。大きな機械を上から入れるから、道は太くなり、切る量も大きくなる。そういう施業をした山はボロボロになる。平成16年に紀伊半島豪雨がきた時、森林組合が列状間伐をした森でバタバタ木が倒れた。一方で、自伐林家の森林は同じ台風でもビクともしない。森林の質がはるかに高い。
日本は資源がないないと言っているが、世界に誇る森林資源がある。日本は温帯地域で四季があり、大量の雨が降るため、樹木の成長が良く、樹種も豊富。針葉樹として杉、檜、建築用としては檜は世界一。さらに広葉樹は、欅、水楢、栗が揃う。欅は大黒柱に使える木、水楢は家具材の王様、栗は腐らない。こんなに樹種が揃っているのは日本だけ、質量ともに世界一の森林資源をもっている。にもかかわらず今の林業GDPはわずか2000億、日本のGDPの0.1%以下。投資される補助金は3000億と生産額より大きいのが実態。
山林所有者や管理者は自分で作業をしない。全部、森林組合に委託している。昔の地主と小作人のようなもの。施業委託型林業は、所有と経営、施業が分離されているので持続的森林経営に責任をもたない。そこにある木を全部切ってしまう。今の森林組合がやっているのは伐採業にほかならない。森林組合の40-50年の樹木の大量伐採ではA材を生産できない。合板集成材用のB、C、D材の生産しかできない。大量生産した質の悪い木を、大規模製材所、大手住宅メーカーが合板集成材として大量消費する。合板集成材はCO2固定もしないから環境面のメリットもない。
日本の木材の特徴は、A材、超A材用の原木があること。A材が6割、B材が2割、CD材が2割。B材は合板集成材の原木になる。それでいけば合板集成材は日本の木では2割がマックス。今は木材需要の95%が合板集成材なので、どうしても輸入材が多くなる。CD材はエネルギー用で、これも本来2割まで。日本のA材は世界の高級木材市場を作るだけのポテンシャルがある、これを活用しない手はない。結局、日本の林業が衰退して来た原因は、所有と経営の分離、50年皆伐、高性能林業機械の導入、合板集成材一辺倒の使い方にある。
山林所有者や地域住民が主体の自伐型林業は、経営、管理、施業を自ら行う自立自営の持続的な生業である。限られた森林の管理をして長期的な多間伐施業で毎年収入を得る。品質重視の多品目生産、森林の多目的活用ができる。樹木は成長するので、うまく経営をすれば生産しながら在庫が増えていく。一人30ha確保できたら何世代でも経営できる。補助金も最初の道を入れる時だけで、あとは完全自立できる。持続可能な森林経営と環境共生型の林業という二つの条件を実現できるのは自伐型林業だけである。
新しく自伐型林業を始めた若者たちはみんな年収700万円以上。紀伊半島豪雨で自伐林家の山が崩れなかったのは作業道の作り方による。自伐型林業の作業道は予防的砂防工、山腹工、小規模アンカーなどの役目をする。それで土砂災害を防いでくれる。無垢材流通のある地域では、いい材は、合板集成材だけになった森の10倍以上で売れる。自伐型林業で良好な森を作り、質の高い木材を作り、100万人の雇用を創出することができる。
続いて富永大毅さんから、中嶋さんとの出会いの衝撃、吉野の森で樹齢200年の森林に流れる時間に圧倒された経験から、生活のために資源を求めるのではなく、資源があって生活が成り立つという価値観の逆転があったというイントロダクション。林業先進国と言われるスウェーデンやオーストリアでは樹木の成長量と生産料の比率が90%近い。しかし日本はわずか20%台で、全然森を使えていない。なぜ国産材が売れなかったのか。ひとつは「銘木」という言葉を作って、造作材の分野に逃げ、構造材としての質や安定供給において、外材との競争を避けてきたこと。もうひとつは高度成長期に「部切れ」「空気売り」など品質偽装を繰り返したこと。しかし、今は森林も成長し、製材所も淘汰され品質の問題はなくなってきた。今残っている問題は流通、安定供給できる情報の提供、なるべく短い流通経路で輸送コストを削減することがポイントになる。
建築家は残念ながらマーケットが小さい。極小マーケットの建築家が大規模流通と同じ流通経路を使って勝てるわけがない。製材所とユーザーがダイレクトにつながることからプロジェクトをスタートした。「垂木の家」では、流通から考え直す無垢材利用の実践をした。マンション改修を、富永さん自身があきる野の沖倉製材所に直接行って発注することで、流通を短くする。次に製材工程を調べ、豊富にある材を用いる。具体的には45mm厚でストックされている良い材を使うことにした。「材料があってデザインが決まる」という逆転。職人がいないので、木材を積み上げて長いボルトで締め、接着剤を一切使わないプリミティブな作り方にした。
埼玉県の「垂木の家2」では、西川材の製材所、岡部材木店に豊富にあるサワラを使うことにした。比べて気がついたのは、山の状況が各地で違い、それぞれにできることが変わるということ。毎回、製材所に訪ねて行ってどんな材があるのかというところからはじまる。「銘木」という言葉がなくなってしまった後の無垢材利用を考えていかなければいけないと思っている。そのとき、「木に無理をさせない」ことがポイントになると思う。すごく無理をさせるとCLTの集成材になる。逆にログハウスや垂木の家は無理が少ない。今、住宅供給材プレカット材で、大スパン、中規模木造を作るとか、板倉工法が盛り上がっている。大事なのは建築家が地域ごとに良い製材所とその特徴を共有していくことではないか。建築家が、地域に根ざした材を使えるようになって、そのさきに、持続可能な社会と山のためのデザインを見つけていく必要があるというご提案をいただきました。
後半のディスカッションでは、中嶋さん、富永さん、川島範久さん、岡部知子さん(岡部材木店)、林業家、「新建築」誌上で「CLTの12断面」を連載している小見山陽介さん、中村謙太郎さん、塚本由晴さんらが、会場からの質疑を含め、活発な議論をしました。農地改革ならぬ林地改革ができなかった失敗、専業農家をモデルにした農業政策の難しさ、県が完全に主導権を握っている静岡県、直流通をやって失敗した群馬県、震災復興を進める牡鹿半島の細分化された林地の抱える問題などといった各地の抱える具体的な林業の問題、原木市場の可能性、吉野の森を作り上げた土倉庄三郎、吉野林業のつまづき、大工の問題、木材価格の謎、無垢材を使った家の快適さ、建築を目指す若い世代が本当の木の家に住んだ経験を持たない問題、ヒノキの香りを知らない学生、産業化された建築材に慣れ自然材の特色を生かした設計や住み方ができないという問題、慣習的な木材の利用にとらわれない新しい発想の必要、CLT材が日本の林業を潰すのではないかという疑問、など多岐にわたる議論となりました。